あの家のこと①(結界)

家を外観で判断してはいけない。


わずか13坪の敷地に建てられた、築後27年の木造モルタル二階建て住宅。
粗末な玄関に足を一歩踏み入れた刹那、その内部には……。
中世のゴシック建築を思わせる荘厳な空間が、はるか彼方までパノラマのように広がっていた。 人類の至宝ともいえる重厚な美術品の数々と共に。
そんな経験を、誰しも一度はしたことがあるはずだ。


斉藤吉智の自宅も例外ではなかった。


ミケランジェロの「ダビデ像」は双子の彫像であり、
フェルメールの小品「真珠の耳飾りの少女」が実は習作で、真作は150号にも及ぶ大作であり、
キリストの遺体を包んだとされる「聖骸布」はダ・ヴィンチの悪戯の産物。
……等々の歴史的真実も、あの家で現物を目の前にして学んだ。


ワタシがあの家を訪れたのは、2011年3月11日の昼下り……そう。日本国民に対して無慈悲に下された「審判の日」だ。


しかしながら、国土の半分が阿鼻叫喚の生き地獄と化した東日本大震災を、リアルタイムでワタシは知らない。
いや、正確には「気づかな」かった。


あの家は埼玉県の大宮市にある。
気象庁の公式発表では、大宮市は「震度5強」を記録した地域だ。
にも関わらず、在日米軍による事後調査では、地震科学を根底から覆す驚愕の結果が待っていた。
なんと、あの家を中心に半径500mの限定的な地域では、震度1にも満たない微震しか観測されていなかったのだ。


それを知らされた時、咄嗟にワタシの脳裏を横切ったのは、「結界」という仏教用語と、斉藤吉智の母親が、遥か平安京の世に、陰陽師安倍晴明の愛人であったとする噂だった。