斉藤吉智の母親について(津山30人殺人事件編)

この期に及んで隠しだては卑怯かもしれません。
抹消したい記憶とはいえ、あの「津山事件」に触れないわけにはいかないでしょう。

横溝正史の小説「八つ墓村」のモチーフにもなった未曾有の猟奇殺人……山深い寒村を舞台に、30人もの村人が一夜にして惨殺された日本犯罪史に残る大事件は、戦靴の足音が高まる昭和13年に起きました。

ここで注目すべきは、事件の直後、地元警察によって撮影された一枚の現場写真です。
モノクロの印画紙に焼き付けられた村の広場の光景……未だ恐怖に氷つく村人たちにまじって、彼女=斉藤吉智の母親の姿が確認されたのです。

写真の片隅の彼女は、微笑んでいます。
その笑みは、悪戯の成功を喜ぶ無邪気さと、深淵の底を覗いた絶望が混在しているかのように見えます。

いったい、この大量殺人事件に、彼女がどのように関わっていたのでしょうか?

ちなみに、犯人の都井睦吉が猟銃自殺する直前に書き残した遺書は、事件から数ヵ月後、一部を除いて公開されました。
未公開の箇所は、遺書の冒頭三行にあたります。
事件の翌日、突如として介入してきた特高警察の検印と共に、漆黒の墨で塗り潰されたのです。

さて、今回はこの辺で…。
彼女=斉藤吉智の母親の村での目撃談や、特高警察の暗躍ぶりなど、隠匿された三行の検証と共に、次の機会に譲るとしましょう。

機会があれば、の話ですが。